LIVESENSE ENGINEER BLOG

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ITエンジニアとプロティアン・キャリア

これは Livesense Advent Calendar 2024 DAY 3 の記事です。

はじめに

こんにちは。転職ドラフトで今年は主に言語とかライブラリのアップデート作業をしていたiwtnです。 他にも色々と仕事はしていたのですが、転職ドラフトというプロダクトを理解していくために、キャリアというものの知識を得た年でもありました。

そういえば、去年もキャリアに関する記事を書いていました。

made.livesense.co.jp

しかし、全く外から見えないと、なかなか評価されることが難しかったりもしますので、IT技術を用いて上手く一般に公開された状態での「アウトプット」を残していきたいものです。 生成AIも、世の中に価値を提供していける手段として活用し、その結果として自分の日々の仕事やアウトプットができ、キャリアとして残っていくのが良いかなと思っております。

その内容を共有することで、今年のアウトプットとします。

キャリアについての研究

キャリアに関する研究を見てみると、主にアメリカで行われ、どうやら現在では第四世代ぐらいまで分類されているようです。 そしてその中でも最新の第四世代は先進的すぎて、第三世代と呼ばれているプロティアン・キャリアバウンダリーレス・キャリアあたりが参考になりそうでした。

転職ドラフトの事業部長である大倉さんが、そういった内容とプロダクトを運営した経験などをまとめて、Qiita Conference 2024 Autumnで話した内容が以下のスライドになります。

speakerdeck.com

プロティアン・キャリアの紹介

この第三世代に相当するプロティアン・キャリアについては、提唱者ダグラス・ティム・ホールの本が翻訳されています。

www.amazon.co.jp

なかなか古い本で、原著の出版は1996年ともうほぼ30年前になります。 インターネットが広まり始めた頃、Windows95を思い出します。懐かしいですね。

この本は、1996年当時の「新しい」キャリアに関する論文集になっています。

「プロティアン」という名前は、プロテウスのように変幻自在なキャリアということで付けられました。洒落てますね。

ja.wikipedia.org

この本はとても貴重で古本すら一切出回っていません。 都内のいくつかの図書館にはあるようで、私も図書館で読みました。 どなたかお譲りいただけるようでしたらXでDMください。 定価の2倍までなら出します。

その前の世代とは何が違うのか?

ホールが書いた第三世代より前は、キャリアとは組織の中での出世を示すものでした。 しかし経済の環境変化によって企業が将来を従業員に約束できなくなり(実はそんな約束自体が幻想であったとも言えるのかもしれないのですが)、より個人が主体的に組織からはみ出す形でキャリアを探索していく必要が出てきました。 今までは企業内でのはしごを登っていけばよかったが、そういう基準がなくなったというわけです。

そういった状況がどうして生じたのか、どのような問題が出てきたのか、どんな対応をすればいいのかがこの本には書かれています。 また、雇用する側である企業に求められる姿勢や制度といったことも変わってきていましたので、その変化への対処の提案のような内容もあります。

関係性アプローチについて

原題の副題にはA Relational Approach to Careersとあり、本の中で関係性アプローチによるキャリア形成と訳されています。 この内容を説明している箇所を序章(P.3)から引用します。

発達に関する関係性アプローチでは、相互性や相互依存に加えて、返報性が求められており、そこでは、発達的な関係性にある双方が、ともに相互依存関係にある協同学習者として機能し得る技能を持つことと、その技能を活用したいとの動機づけがあることが期待されている。このようにして、状況に応じて双方が教師となったり、学習者となったりすることで、そのどちらの役割も価値を持つこととなる。事実、教えることと学ぶことの区別を問うならば、学ぶための最善の方法は、教えたり、共同研究したりするということであるというのは自明である。

これはまさに私達が技術やその他のノウハウを扱った記事を書いたりする理由そのものです。

この部分の少し前では以下のような記述もあります。

たとえば技術工学のように変化が急速に起こる分野においては若年者のほうが熟年者よりも高い専門性を身に付けている場合があるからである。

これを読んだとき、まさに今のITエンジニア界隈で起こっていることであると感じました。

新しいキャリアにおける闇

そして、このキャリア観における闇の部分にもついても、序章でホールは以下のように語っています。

誰しもがキャリアをプロテウスのように変革していけるだけの、技能や相互援助に恵まれているわけではないし、自尊心や心理的成功の体験、継続的な学習をしていくために求められる能力や楽観性と健康とを持ち合わせているとは限らないからだ。基礎的な教育を受けていない者にとっては、このような新しいキャリアの世界は、とても難しいものとして映るに違いない。

この本の中では、キャリアにおいて何度か学習し直すことがあり、より実践に近い形で行うことで従来の学習手段よりも効果的に学習できるだろう、というような部分があります。 しかし自主的な学習になるため、そもそも自主的に学習するだけのリテラシーが無いとこういったキャリアは築けない、ということでもあります。 インターネット上には学習するためのコンテンツは豊富にありますが、それを活かすための能力もまた必要になる、ということですね。

その他の印象的な内容

GROWsという言葉もこの本で知りました。これはGrowth-enhancing Relationships Outside Workの略らしく成長を促す仕事外の人間関係と訳されていました。

ITエンジニアは、OSS活動やブログでの技術や仕事に関する記事を書いたり、勉強会やカンファレンスに行くことで、仕事外の人間関係を作れます。 他の職種でもあるのかもしれませんが、ITエンジニアはインターネットを使ってそういった活動の情報を公開していくことで、より効果的に活動できるようになっています。 技術自体がオープンなものに基づくことが多いため、仕事外での活動がしやすいことが背景にあると考えられます。

他にもSAWDCsという言葉も目につきました。 8章がこれに関する論文でした。 これはSingle Adults Without Dependent Childrenの略で子供を持たない独身者のことです。

日本の晩婚化・少子化によって、この概念に該当する人が増えています。 提示されている問題としては、SAWDCsであることで職場でワーク・ライフ・バランスを軽んじられやすいということでした。 確かにいろいろな融通がきくので、ハードワークする立場になりやすいです。

自分が観測している範囲内だと、近年の国内のIT・Web界隈では労働条件が良くなりつつあり、価値観の変化もあってSAWDCsであってもプライベートを重視できる状況にはなっているように見受けられます。 とはいえ、1996年からこういった問題を取り上げていることはとても興味深いものでした。 残念なことにネットで検索しても出てこないワードなので、あちらでもあまり注目されなかったと思われます。 インターネット開始前の言葉なので、今なら議論の的になりそうですね。

まとめ

プロティアン・キャリアは言ってみれば前世紀の本ですが、出版されたのは古いとしてもその内容は興味深いものでした。

特に、現代のITエンジニアは技術的な変化もビジネス的な変化も速く、常に様々なことへのキャッチアップが求められます。 そんな中で、インターネットでの公開やカンファレンスや勉強会に参加・登壇することで、ノウハウをアウトプット・インプットし、相互に学習できる環境を用意しています。 また、そういった関係性を作ることを、インターネットという技術を使うことで強化しているのも、ITエンジニアの特徴であり優位性であり面白さでもあると考えています。

そして、 キャリアという自分事でもあることの探求は面白いものです。 また来年も、いろんな資料にあたってキャリアに関する理解を深めていきたいと思っています。