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転職ドラフトの提示年収伸び率推定 - 提示年収はインフレに勝てているのか -

 リブセンスでデータサイエンティストをしている北原です。転職ドラフトの提示年収の伸び率分析結果の紹介です。

 公開されているように転職ドラフトでの提示年収は急激に上昇しています。インフレも続いているのでスキルベースで提示年収が決まるならば、インフレと同程度に提示年収も上昇するのは不思議ではありません。気になるのはインフレ以上に提示年収が伸びているかではないでしょうか。そこで、今回は転職ドラフトで指名を受け続けた場合の提示年収伸び率を推定しインフレ率と比較しました。

提示年収の増加とインフレ

 まず、2022年1月からの開催回ごとの平均提示年収について見てみましょう。95%信頼区間も合わせて表示しています。データが少なかったり、ばらつきが大きかったりした開催回では幅が広くなっており、信頼性が低い部分であることを表しています。

開催回別の平均提示年収推移

ほぼ一貫して上昇傾向にあることがわかります。この結果から「転職ドラフトに参加すれば年収が上がります」と言うのは間違いではありませんが、少し誤解を招くかもしれません。現在(2024年10月)の日本はインフレ状態なので、市場価値が同じならばインフレを考慮しない名目の提示年収はインフレと同程度に上昇するはずです。

 具体的に考えてみましょう。2022年と2023年の総務省総合消費者物価指数はそれぞれ2.5%と3.2%で、日銀政策委員の2024年消費者物価指数見通し中央値は2.5%です。相乗平均は2.7%で、このレベルのインフレが3年も続くと購買力への影響は大きいので、提示年収を見るときもインフレ率を考慮したほうがよいでしょう。

 日銀の見通し通りに進んだとすると、2024年末の年収1000万円は2022年初めの922万円に相当します。2022年初めに年収922万円の人が業務経験の蓄積などを一切評価されず評価据え置きで3年過ごした場合、78万円の年収増がないと2022年と同じ購買力は維持できません。もし3年後も922万円のままなら、2022年初めに年収850万円まで年収減になったのと同じなので、3年前と同じように物が買えなくなります。同一の評価のとき同一の購買力となる金額が年収として提示されるのであれば、提示年収はインフレと同程度に伸びていくはずです。

 そこで、先ほどの平均提示年収のグラフに、インフレ率通りに平均提示年収が推移したケースを加えてみましょう。2022年1月の平均提示年収に月別に換算したインフレ率を順次乗じた値を「インフレ」として示しています。

開催回別の平均提示年収推移(インフレ追記)

インフレ率と同程度に伸びているように見えますし、フィッティングすると伸び率は3.2%程度とインフレ率をやや上回った値が推定されます。しかし、本当に提示年収が伸びているかはこのデータだけではわかりません。単純平均だと新規ユーザーの提示年収水準や高提示年収ユーザーの参加率などに左右されやすいという問題があります。また、年収水準の異なるユーザーを扱う場合、提示年収伸び率を個別に計算した後に平均した値と、平均提示年収を計算した後に提示年収を計算した値は異なります。転職ドラフトで指名を受け続けた時に提示年収がインフレ率以上に増えているかは、ユーザー単位で提示年収伸び率を計算する必要があります。基本的にはユーザー別に伸び率を計算すればよいのですが、ドラフト参加回数が少ないユーザーが多く安定した推定が難しい、季節性や市場の過熱の影響が入るといった問題があるため、以前の記事でも紹介した階層ベイズを使って提示年収伸び率を推定します。

データとモデル

 今回は2022年1月から2024年8月までの毎月開催回における提示年収データを使います。ユーザー数が少ない年齢は適宜前処理で集約しています。具体的には、24歳以下は全て24歳に、40〜44歳は40歳、45歳以上は45歳に集約しています。

 開催回ごとに参加するユーザーは入れ替わるし企業側の採用意欲も変化するので、これらを考慮したモデルを考えます。具体的には、ユーザー別の初回提示年収、年齢別の提示年収伸び率、開催回別提示年収水準を推定します。モデル式は

提示年収 = ユーザー別の初回提示年収 * 年齢別の提示年収伸び率 ^ 初回からの経過月数 + 開催回別提示年収水準

です。初回提示年収を基準として、毎月一定の比率で提示年収が増加することを表したモデルになっています。同一開催回、同一ユーザーの提示年収は正規分布にしたがうことを仮定し、分散は年齢別に推定しています。ベイズ推定の特性上、指名の少ない開催回より多い開催回の提示年収が伸び率に反映されやすくなります。

 ユーザーによって提示年収水準は大きく異なるので、初回提示年収はユーザー別に推定しています。超富裕層を除いた所得分布が対数正規分布にしたがうのと同様に、ユーザー別の初回提示年収も対数正規分布にしたがうことを仮定しています。スキルの高さやマネジメント経験などは提示年収に反映されているという想定です。そのため、別途スキルなどの情報は使っていません。また、スキル向上などの影響は提示年収伸び率に反映されることを意図しています。

 提示年収伸び率は年齢別に推定しています。提示年収伸び率は年齢ごとに異なることを想定しています。毎月開催されるドラフト回での伸び率を推定しているので月率で、時期によらず一定の伸び率を仮定したモデルになっています。

 開催回別提示年収水準は2022年1月回を基準として、それとの差分として推定しています。例えば、開催回別提示年収水準が10万円の場合、その開催回では2022年1月回より10万円提示年収が高かったことを表します。開催回別提示年収水準をモデルに含めることによって、季節性や市場の過熱感などの影響を軽減しています。

提示年収の伸び率

 年齢別提示年収伸び率は次のような結果になりました。年齢別提示年収伸び率はインフレ率と比較しやすいように年率換算しています。また、インフレ率を赤いラインで示しています。

年齢別提示年収伸び率

ほとんどの年齢でインフレ率以上の伸び率になっており、インフレ負けはしていないと言えるでしょう。伸び率は、30歳前後まで上昇し、それ以降年齢とともに下降していることがわかります。この年齢層はユーザー数が多く、企業ニーズも高いので伸び率が高いものと思われます。20代後半から30代前半までは、インフレに負けないだけでなく、インフレ率の2倍以上の年収の伸びが期待できるでしょう。

 平均提示年収の推移はインフレ率と同程度なのに、推定した提示年収伸び率のほとんどはインフレ率よりかなり高くなっており違和感を感じる人もいるかもしれません。初回提示年収の低いユーザーのほうが提示年収伸び率が高い場合、平均提示年収から推定される提示年収伸び率は個別に推定した伸び率の平均より低くなります。初回提示年収は30代半ば以降のほうが20代から30代前半までより平均的に高いですが、提示年収伸び率は30代半ば以降のほうが低いです。そのため、平均提示年収の提示年収伸び率は、ユーザー個別の提示年収伸び率より低く、実際より提示年収の伸びが低いように見えていました。

 なお、平均的な提示年収伸び率が高いからといって、常に提示年収が上昇していくわけではありません。個別のユーザーを確認すると、大幅な伸び率となっているユーザーでも提示額が上下しながら上昇していることが多いです。1〜2回ドラフトに参加して終わりにするのではなく、何回か参加して提示年収の伸びがどうなるかを確認したほうがよいでしょう。

まとめ

 今回は転職ドラフトで指名を受け続けた場合の提示年収伸び率を推定しインフレ率と比較しました。その結果、ほとんどの年齢層で提示年収の伸び率はインフレ率を上回っていることがわかりました。特に採用ニーズの高い30歳前後の提示年収伸び率はインフレ率の3倍程度で上昇しており、少なくとも年収面については満足のいく指名を獲得できていたのではないかと思います。提示年収はモデルのように一定比率で上昇するのではなく、上下動を繰り返しながら上昇していくことが多いです。期待通りに年収が伸びなくてもすぐに諦めずに、レジュメをブラッシュアップして何回かドラフトに参加することをおすすめします。