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転職ドラフトの指名承諾後採用率分析 - 指名時の提示年収は採用に影響するか -

 リブセンスでデータサイエンティストをしている北原です。今回は転職ドラフトの指名承諾後採用率分析結果の紹介です。今回も企業視点に立った内容になっています。以前の記事は指名承諾までの話でしたが、今回は指名承諾後の採用までの話です。指名承諾率分析の記事と合わせて読まれることをおすすめします。

 指名承諾はされたけど他社の承諾指名のほうが提示年収が高いと、自社の採用に不利に働くのではと不安になりませんか?提示年収が高くなるほど指名承諾率も高くなる傾向があるので、指名承諾後でも提示年収が低いと不利になりそうな気がします。今回はその疑問への参考情報として指名承諾後の採用率分析結果を紹介します。

データと分析方法

 分析データは、2022年1月から2024年8月までの転職ドラフト毎月開催回の指名承諾済みデータを使っています。この期間の指名承諾数は18,911件、ユニークユーザー数は3,581人です。指名承諾率分析で使ったデータから、指名承諾になったデータのみを抽出したものと同じです。

 指名承諾率分析と同じく、提示年収が高いか低いかを表す情報として以下の市場評価乖離を使います。

$$ \begin{eqnarray} 市場評価 &=& 開催回における提示年収の中央値 \nonumber \\ 市場評価乖離 &=& 提示年収 - 市場評価 \nonumber \end{eqnarray} $$

市場評価乖離がプラスであれば市場評価より高い、マイナスであれば市場評価より低い提示年収ということになります。単位は10万円にしています。

 分析対象である「指名承諾後採用率」は本記事のみで通用する呼び方で、転職ドラフトで公式に使用しているものではありません。次のように定義しています。

$$ \begin{eqnarray} 指名承諾後採用率 = 採用数 / 指名承諾数  \nonumber \end{eqnarray} $$

ユニークユーザー数ではなく指名承諾数を基準とした採用率になっています。また、採用報告があったケースを採用とし、それ以外を不採用として扱っています。

 指名承諾後採用率に影響がありそうなデータ項目として、市場評価乖離に加え、指名承諾数、年齢、転職意欲、指名への評価を分析対象としています。指名承諾数、年齢、転職意欲と指名承諾後採用率の関係がわかれば、どのようなユーザーの採用率が高いかがわかります。市場評価乖離、指名への評価と指名承諾後採用率の関係がわかれば、どのような指名のときに採用率が高いかわかります。なお、転職意欲は選択肢のうちいずれか1つを選ぶ形式、指名への評価は選択なしを許容した複数選択形式のデータです。

 分析方法も以前の指名承諾率と同じものを使用します。ロジスティック回帰を使い、同一ユーザーのデータを多数含んでいることへの対策としてクラスタロバスト標準誤差で信頼区間を算出します。

結果

どのようなユーザーの指名承諾後採用率が高いか

 まずどのようなユーザーの指名承諾後採用率が高いかを調べるため、市場評価乖離と指名への評価を除いた項目を使って指名承諾後採用率を推定した結果を示します。エラーバーは95%信頼区間を示しています。転職意欲は指名承諾率がもっとも低い「現状維持が濃厚である」を基準としています。次のグラフは回帰係数の推定値です。

指名承諾後採用率のロジスティック回帰モデルの推定値

 まず転職意欲から見ていきます。「是が非でも転職する」より「転職したい」の係数のほうが大きくはなっていますが、基本的には転職意欲が高いほどプラスの大きな値になっています。このことはおおむね転職意欲が高いほど指名承諾後採用率が高い傾向があることを示しており、期待通りの結果です。「是が非でも転職する」、「転職したい」、「転職するか現状維持か半々くらい」の3つの係数の大きさには大差がなく、「転職するか現状維持か半々くらい」の指名承諾後採用率も比較的高いことがわかります。効率的に指名を行っていくためには転職意欲がこれらに該当する人から指名するのがよいでしょう。ただし、信頼区間の幅が全般的に広くなっていることには注意が必要です。

 指名承諾数の係数はマイナスで信頼区間の幅も狭くなっています。これは指名承諾数が多いほど指名承諾後採用率が低いことを示しています。つまり、ライバル企業からの指名承諾が多いと、採用につながりにくいということです。ただし、10件以上の指名承諾があったケースはおよそ1.5%と少なく、ほとんどの場合は指名承諾数が多いことによる採用率の低下は転職意欲と比較すると無視できるほど小さいです。

 指名承諾数の結果はユーザー目線から見ると、指名承諾を多くすると採用に不利に働くのではという誤解を招くかもしれないので少し補足します。指名承諾後採用率の定義上、指名承諾数が増えるほど指名承諾後採用率が低下しやすくなります。つまり、この結果はデータの定義の問題で生じているもので、指名承諾数が多いことが採用に不利に働くことを表しているわけではありません。ユニークユーザー(UU)を考えた場合、指名承諾数が多い方が採用率(=採用UU / 指名承諾UU)は高いです。

 年齢は、係数の大きさからも信頼区間の幅の広さからも、指名承諾後採用率にはほとんど関係ないといってよいでしょう。

 以上の結果をまとめると、転職意欲が高く、ライバル企業からの指名承諾数が多すぎないユーザーの指名承諾後採用率が高いと考えられます。

どのような指名を受けたユーザーの指名後採用率が高いか

 本節では、どのような指名を受けたユーザーの指名承諾後採用率が高いかを調べるため、前節のモデルに市場評価乖離と指名への評価を加えて指名承諾後採用率を推定した結果を示します。前節と同様に、エラーバーは95%信頼区間を示し、転職意欲は「現状維持が濃厚である」を基準としています。次のグラフは回帰係数の推定値です。グラフの色が濃いものは、この結果で着目している市場評価乖離と指名への評価です。

指名承諾後採用率のロジスティック回帰モデルの推定値(「市場評価乖離」と「指名への評価」追加)

 推定値が小さすぎてわかりにくくなっていますが、まず市場評価乖離から見ていきましょう。推定値は小さく信頼区間もほぼ0を中心に狭くなっており、提示年収は指名承諾後採用率にはほとんど影響していないと考えられます。指名承諾の時点で、企業とユーザー双方が納得のいく年収額になっていることが多いと推測されます。そのため、自社より他社の提示年収が高くとも、指名承諾されているならば不利にはならないと考えてよいでしょう。

 次に、指名への評価を見てみましょう。全体的に、指名への評価がよい場合は指名承諾後採用率が高く、悪い場合は低い傾向にありますが、係数の絶対値は転職意欲と比較して小さく信頼区間も広いです。指名内容は指名承諾後採用率にも関係しているものの、転職意欲を覆せるほどではないです。指名への反応がよければ多少のアドバンテージはあるかもしれませんが、その後の面談などの影響のほうが大きいと考えられます。

 「自分を必要とする理由が伝わってきた」の係数は指名への評価の中でもっとも大きく信頼区間も0を含んでいないため、転職意欲ほどではないものの指名承諾後採用率に影響していると考えられます。興味深いのは、指名承諾率への影響はほとんどないのに、指名承諾後採用率には影響しているところです。この項目は唯一ユーザーと企業の相性を示す内容になっており、他ではなく自分を指名している理由が納得のいくものになっている企業が最終的に選ばれやすいことを示していると考えられます。

 なお、「テンプレートメールのように感じた」の係数がプラスになっていますが、これはデータの少なさに起因するものと考えられます。この回答は全承諾指名のうち1.4%しかなく、1件採用数が減少すると係数がマイナスになります。指名内容はテンプレートメールのようだが実際に面談してみると好印象だったということもあるかもしれませんが、今回のデータではそこまでは言えません。

 以上の結果から、提示年収や指名への評価のほとんどは指名承諾後採用率にほとんど影響しないものの、指名ユーザーを必要とする理由が伝わる指名内容になっていると指名承諾後採用率が少し高くなると言えるでしょう。指名承諾時点で条件面は双方合意が取れているので、提示年収や指名内容は採用に有利にも不利にも働かないと考えられます。

採用時の市場評価乖離の分布

 最後に、採用時の市場評価乖離の分布を確認しましょう。次のグラフは採用時の市場評価乖離の密度分布です。

採用時の市場評価乖離の密度分布

指名承諾後採用率には市場評価乖離はほとんど影響していないので、基本的に指名承諾時とほぼ同じ分布になっています。市場評価と同額で採用となるケースが突出して多いのは指名承諾時と同じです。また、市場評価より少し高い提示年収で指名承諾される傾向があるため、採用時の提示年収も市場より少し高いケースが多くなっています。基本的には市場評価とほぼ同額もしくは市場評価より50万円程度高い年収で採用に至るというイメージです。一方で、市場評価より低い提示年収でも採用されているケースが少なくないことも確認でき、転職ドラフトでの採用活動は年収だけでは決まらないことがわかると思います。

まとめ

 今回は転職ドラフトの指名承諾後採用率を分析し、どういうユーザーの指名承諾後採用率が高いか、どのような指名を受けたときに指名承諾後採用率が高くなっているかを調べました。指名承諾後採用率が高いのは、転職意欲が高く、指名承諾数が多すぎないユーザーであることがわかりました。また、提示年収や「自分を必要とする理由が伝わってきた」以外の指名への評価は指名承諾後採用率にはほとんど影響しないことがわかりました。タイトルおよび冒頭の問いへの回答としては、指名承諾後採用率に関して提示年収は有利にも不利にもならない、となります。

 「自分を必要とする理由が伝わってきた」という評価を得ている指名の指名承諾後採用率は高い傾向にあるので、ユーザーの納得感の高い指名理由を書くことは採用に少し有利に働くと考えられます。転職ドラフトでは、スキルや年収などの外形的な条件面について、指名承諾の時点で企業とユーザー双方の同意がとれた状態になります。そのため、指名承諾以降の採用プロセスでは、条件面よりも、なぜ自社に必要なのか、なぜ自社で活躍しやすいのかといった、自社とユーザーとの相性のよさを理解してもらうのが有効なのではと思います。

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