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転職ドラフトの指名承諾率分析 - 提示年収を上げれば承諾されるのか -

 リブセンスでデータサイエンティストをしている北原です。今回は転職ドラフトの指名承諾率分析結果の紹介です。今回はどちらかというと企業視点に立った内容になっています。

 転職ドラフトでは、採用された時の年収が選考プロセスの初期にほぼ決まりますし、入札などのオークション用語も使われています。そのため、サービスを利用していない人や企業から、採用の成否が提示年収で決まるように思われることがあります。本当に提示年収を上げるだけで採用がうまくいくのでしょうか。提示年収を上げないと採用は難しいのでしょうか。提示年収の影響が大きいのは指名承諾時なので、今回はその疑問への参考情報として指名承諾率の分析結果を紹介します。なお、指名承諾率というのは転職ドラフトの独自用語で、一般的なスカウトサービスではスカウト返信率などと呼ばれることが多いです。

市場評価より高いか低いか

 今回は提示年収が高くなると指名承諾率がどの程度変わるかを調べたいのですが、そもそも提示年収が高いとはどういうことでしょうか。業務経験を積むと年収も高くなるので、単純に提示年収の高さと指名承諾率の関係を調べると、キャリアの長さと指名承諾率の関係を調べることになってしまいます。知りたいことはこれではないです。

 今回調べたいことは市場評価と比較したときの割高感や割安感と指名承諾の関係です。業務経験やスキルに応じて適正な年収相場があるので、求職者も企業もその年収相場と比較して各提示年収が高いか低いかを判断しているものと思われます。転職ドラフトの場合、適正な年収相場は提示年収による市場評価から判断できます。

 各開催回における各ユーザーの市場評価は、各開催回でのユーザー別提示年収中央値とします。開催回1回分の提示年収だけではデータが少なくなるため、それ以前の提示年収も使ったほうが適切な市場評価になるのではと考える人もいるかもしれません。しかし、以前の記事でも紹介したように過去の提示年収は低い傾向があるので、古い指名が多い人ほど市場評価が低く算出されてしまうという問題があるので適切ではありません。データが少ないと、平均を計算した時に一部の極端に高いあるいは低い提示年収の影響が大きくなりやすいので、中央値を使っています。

 この市場評価を使って各提示年収の市場評価からの乖離を計算し、割高感や割安感を分析できるようにします。以下では「市場評価乖離=提示年収 - 市場評価」とします。市場評価乖離が0と同じであれば市場評価と同じ、プラスであれば市場評価より高い、マイナスであれば市場評価より低い提示年収ということになります。

データと分析方法

 今回も以前の提示年収伸び率の記事と同じく2022年1月から2024年8月までの毎月開催回のデータを使っています。この期間の指名数は65,476件、ユニークユーザー数は5,011人です。また、時期によって変動しますが、今回の分析期間の指名承諾率は28.9%です。提示年収は10万円単位で調整されていることが多いので、市場評価乖離も10で割った10万円単位のデータにしています。ただし、四捨五入や切り捨てなどは行っていません。また、以前の記事でも紹介したように提示年収金額にはインフレの影響があるため、結果の解釈をする場合はインフレ率による補正をしたほうがよいでしょう。

 指名に影響がありそうなデータ項目として、市場評価乖離に加え、指名数、年齢、転職意欲、指名への評価を分析対象としています。指名数、年齢、転職意欲と指名承諾率の関係がわかれば、どのようなユーザーを指名すれば指名承諾されやすいかわかります。指名への評価と指名承諾率の関係がわかれば、どのような指名をすれば承諾されやすいかわかります。なお、転職意欲は選択肢のうちいずれか1つを選ぶ形式、指名への評価は選択なしを許容した複数選択形式のデータです。

 分析方法には、ロジスティック回帰を使います。同一ユーザーは同じような指名承諾傾向になりやすいので、今回のように同一ユーザーによるデータを多数含んでいると誤差が過小評価されやすいという問題があります。今回の分析対象データのユーザー数は多いので、この問題への対処としてクラスタロバスト標準誤差を利用します。

結果

どのようなユーザーの指名承諾率が高いか

 まず、どのようなユーザーを指名すれば承諾されやすいかを調べるため、指名への評価を除いた項目を使って指名承諾率を推定した結果を示します。エラーバーは95%信頼区間を示しています。転職意欲は指名承諾率がもっとも低い「現状維持が濃厚である」を基準としています。次のグラフは回帰係数の推定値です。

指名承諾率のロジスティック回帰モデルの推定値

 まず1番目立つ転職意欲から見ていきます。信頼区間の幅は広いものの、おおむね転職意欲が強くなるほど係数がプラスの大きい値になっていることがわかります。これは転職意欲が高いほど指名承諾率が高い傾向にあることを示しています。

 市場評価乖離はプラスで信頼区間の幅も狭いので、提示年収が高いほど指名承諾率が高くなっていることを示しています。提示年収を高くすれば指名承諾率が上昇するのはたしかでしょう。提示年収を100万円高くしたときと「是が非でも転職する」の係数がほぼ同じです。これは「現状維持が濃厚である」のユーザーに提示年収を市場評価より100万円高くしたときと、「是が非でも転職する」のユーザーに提示年収を市場評価と同額にしたときがほぼ同じ指名承諾率になっていることを表しています。転職する気のない人に転職したいと思わせる金額が年収100万円アップと考えるとイメージしやすいのではないでしょうか。

 年齢と指名数の係数は負なので、年齢は高いほど指名数は多いほど指名承諾率は低い傾向にあることを示しています。信頼区間は狭いのですが、係数の値自体は他の項目と比較して大きくはないです。特に年齢はほぼ無視してもよいでしょう。多くのユーザーの指名数は数件程度なので指名数の影響は小さいことが多いのですが、数十件の指名を獲得しているユーザーでは指名承諾率は明らかに低下します。例えば、指名数25件は提示年収を100万円低くするのと同程度の指名承諾率になります。指名数が多くなると全ての指名企業と面談するのは難しくなるので、指名承諾率が低下するのはやむを得ないところです。

 以上の結果から、指名承諾率を上げるためには転職意欲が高く指名数が少ないユーザーを中心に指名を送るのが効果的と考えられます。

例:30歳、指名数10のユーザーの指名承諾率

 線形回帰とは異なりロジスティック回帰では着目している係数の大きさが結果にどの程度寄与しているかわかりにくいので、指名承諾率の具体例を見てみましょう。ここでは30歳の指名数10のユーザーについて、転職意欲や市場評価乖離が変わると指名承諾率がどの程度変わるかをみてみます。

 次のグラフは、30歳の指名数10のユーザーの、異なる転職意欲、異なる市場評価乖離における指名承諾率です。

30歳、指名数10のユーザーの推定指名承諾率

市場評価乖離が0近辺だと、ロジスティック回帰の値が1増えるとおよそ20%指名承諾率が上昇しています。市場評価乖離が0のときの「是が非でも転職する」と「現状維持が濃厚である」の指名承諾率の差はおよそ16%です。指名承諾率と市場評価乖離の関係は線形ではないので、市場評価乖離が0のときと比較して、提示年収が100万円高い時の指名承諾率はおよそ18%上昇、100万円低い時の指名承諾率はおよそ13%低下となります。

どうすれば指名承諾してもらえるか

 どうすれば指名承諾されやすくできるかを調べるため、指名への評価を加えた指名承諾率を推定した結果を示します。先ほどの結果と同様に、エラーバーは95%信頼区間を示し、転職意欲は「現状維持が濃厚である」を基準としています。次のグラフは回帰係数の推定値です。グラフの色が濃いものは、この結果で着目している指名への評価です。

指名承諾率のロジスティック回帰モデルの推定値(「指名への評価」追加)

 推定値の値が比較的大きく誤差も小さいことから、指名への評価は全般的に指名承諾率と関係していることがわかります。また、指名への評価と既存項目との相関は比較的小さいため、指名への評価をモデルに含めることによる既存項目への影響は比較的小さいです。ただし、提示年収が高いほど指名への評価が高くなりやすいという関係があり、特に市場評価乖離と「高く評価されていると感じた」の相関がやや強いことから、市場評価乖離の係数はやや小さい値になっています。そのため、提示年収100万円アップと転職意欲「転職したい」が同じくらいの指名承諾率になっています。

 「レジュメを読んでくれていると感じた」は指名承諾率へのプラスの寄与が大きいだけでなく誤差も小さく、指名承諾におけるもっとも重要な要因になっています。提示年収100万円アップと「レジュメを読んでくれていると感じた」の指名承諾率がほぼ同じです。基本的なことのように思えますが、全指名のうちこの評価が得られているのはおよそ19%で、この評価が得られるかが承諾されるかの分岐点の1つになっています。

 次いで「この会社の魅力が伝わってきた」、「高く評価されていると感じた」、「簡潔かつ明確で要点がわかりやすかった」の3つは指名承諾率に影響しています。これらは、提示年収に換算すると60〜70万円程度の年収アップと同程度の指名承諾率です。指名への高い評価が複数得られると、提示年収の低さを逆転できることがわかります。

 逆に指名承諾率にマイナスなのは「良くなかった」「指名された理由が不明確だった」「テンプレートメールのように感じた」です。提示年収に換算すると「良くなかった」は250万円ダウン、「指名された理由が不明確だった」は100万円ダウン、「テンプレートメールのように感じた」は30万円ダウンのときの指名承諾率とほぼ同じです。

 以上の結果から、レジュメをよく読み、評価ポイントと指名理由を明確にし、会社の魅力を交えつつ、簡潔かつ明確で要点がわかりやすい指名ができていると指名承諾率が高くなると言えるでしょう。提示年収を高くしても、レジュメを読まずにテンプレメッセージの指名をしているようだと指名承諾率は低下します。逆に提示年収が市場評価と同じでも指名意図がユーザーに伝われば指名承諾率は高いですし、提示年収が低くともユーザーが納得できる指名内容であれば指名承諾率はそれほど下がりません。

 指名への評価以外で指名承諾に影響がありそうな事項としては以下のものがあります。

  • 指名順序(早く指名するか、遅くに指名するか)
    • 指名順序3〜4番目あたりまでは早いほど指名承諾率が高く、それ以降は順序にあまり関係なく1番目の指名より指名承諾率は低い
      • 指名がまだほとんど入っていないユーザーには早くに指名した方が承諾されやすい
  • 指名金額順位(指名金額が高い方から並べたときの順位)
    • 上位ほど指名承諾率が高いが誤差の範囲(市場評価乖離の影響のほうが大きい)
      • 提示年収を数万円上乗せして他社と差別化しても承諾されやすさはほぼ同じ

順序や順位については条件を揃えたクリアな分析が難しく定量的な影響は最終的な指名数に依存します。最終的な指名数が多いほど、早期指名とそれ以降の指名の指名承諾率の差は広がる傾向があります。その後どれだけの指名がもらえるかわからないので3〜4件目の指名まではよさそうな企業であれば承諾するものの、それ以降になるとよさそうな企業のうち上位のみ承諾しているものと思われます。人気になりそうなユーザーに対しては特に早めに指名したほうがよいでしょう。

指名承諾された市場評価乖離の分布

 最後に、指名承諾されたときの市場評価乖離の分布を確認しましょう。次のグラフは指名承諾されたときの市場評価乖離の密度分布です。

指名承諾時の市場評価乖離の密度分布

市場評価乖離が大きくなるほど指名承諾率が高い傾向があるので、当然ながら市場評価乖離がプラスのほうが多いことがわかります。しかし、1番目立つのは市場評価乖離がほぼ0のときの指名承諾が突出して多いところです。指名数が多いユーザーに限定してもこの傾向は同じです。指名承諾の多くは市場評価とほぼ同じ提示年収で行われています。また、市場評価乖離が大きくマイナスの指名でも承諾されていることが確認できます。提示年収は指名承諾するかを決める材料の1つではあるものの、指名内容など提示年収以外の影響も大きいです。提示年収を上げても指名内容が適当では承諾されないし、提示年収が低くてもユーザーが納得できる指名内容であれば承諾されます。

まとめ

 今回は転職ドラフトの指名承諾率を分析し、提示年収の影響や、どういうユーザーの指名承諾率が高いか、どうすれば指名承諾率を上げられるかを調べました。指名承諾率が高いのは、転職意欲が高く、指名数が少ないユーザーであることがわかりました。また、提示年収を上げることで指名承諾率は高くなる傾向にあるものの、それ以上に指名内容の影響が大きいことがわかりました。適当な指名内容だと提示年収を上げても承諾されるのは難しいです。逆に、指名内容がユーザーに理解されれば提示年収が高くなくとも承諾されます。転職ドラフトでの採用活動は、年収よりも企業とユーザーの相互理解のほうが重要です。

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